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2013年3月16日 (土)

利根川・江戸川河川整備計画原案への公聴会意見①

国土交通省関東地方整備局は、2013年2月24日から26日まで、「利根川水系利根川・江戸川河川整備計画(原案)」に対する公聴会を開催されました。利根川流域市民委員会関係者が公述した内容を当人の許可を得てご紹介します。

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 利根川・江戸川河川整備計画についての公述
    2013.2.24     川原理子

東京の文京区に住んでおります川原と申します。私は利根川も江戸川も近くなく、年に何回か散歩する程度です。

利根川の洪水は私の家までは来そうにありませんが、私が荒川や武蔵水路でつながっている利根川の水を飲ませていただいているということは、私の体の中も川の一部ではないかと思っています。

誰かが排出した水が川を下って浄水場を通り、私が飲み、排出して、また誰かの体へ入っていったり、何かを冷やしたり、温めたり、海へ行ったり、空へのぼって雨になったりしているのだと思っています。ですので家では、なるべく汚れた水を流さないように気をつけています。

また、利根川・江戸川河川整備計画に盛り込まれている八ッ場ダム建設予定地の名勝吾妻渓谷が破壊されることなくすっかり保存されることを願って活動しておりますので、興味を持ってこの河川整備計画を読ませていただきました。

はじめに、この原案とも関係がありますので、昨年から開かれている有識者会議を傍聴しての感想を述べます。

私は有識者会議の途中でこの原案が出たことに、違和感を感じました。議論の途中で予告なく議論を反映していないものを出すくらいなら、最初に出して、はじめにこういうのがあるのですが意見をください、という方が感じがいいし、案を決めるための会議なのですから、一通り終わってから、意見を反映してこのようになりましたがいかがですか、というのが普通だと思います。

会議では、国土交通省が、洪水時に対応しなくてはいけない水の量を多く見積もりすぎている、過去のカスリーン台風の被害についての参考資料もあふれるはずのないところがあふれている、国交省が使っている貯留関数法や総合確率法は不確かなものではないかという議論が中心であったと思いますが、それに対する国交省からの答えはなく、以前と同じような案を出してきたこと、またその前後に連続9回も委員会の開催をたいした理由も示さずにキャンセルしてきたこと、傍聴者からしても不誠実な対応と受け取りました。

また、委員会の最中に国土交通省の方が何度となく繰り返された「自分たちは自分たちが聞きたい意見だけ聞くんだ。それ以外の有識者の意見は切り捨てても、有識者には関係のないこと。それらは当然なのだ」というものすごい開き直りの発言に驚きました。これでは、あらかじめ八ッ場ダム推進の答えが決まっていてそのために開かれているようなものです。

ダム推進派と思われる学者らも覇気がなく、自信がなく、「間違っているとははっきり言えない」「これはそのように決まっているのだ」「なぜそうなるかはまだ解明されていないが結果はおおむね正しいと聞いている」という答えでした。

それなのに、国交省と座長さんは意見は出尽くしたので、というわからない理由で全体的には間違いの可能性が拭いきれないまま国土交通省の案の方へまとめてしまう。根拠も責任ものないところで会議を進めていましたので、私はますます悲しくなりました。

先日、2月21日の会議でも、ある委員から計算に使われている貯留関数法について物理学的におかしいのではないか、という意見があり、この場にほかの先生を参考人として呼んで意見を聞いてみようという提案がありましたが、別の委員からは、自分は専門外だから難しい話を聞いてもわからない。あなたたちでやってくれ、という意見がありました。

国土交通省も、自分たちの聞きたい意見ではないから呼ばないと言いました。民間であるならば、重要な物事を決める時は、逆の考えを持っている人、批判的に言ってくれる人に意見を求めます。そのようにして、間違いの可能性をつぶし、少しでもよい方向にしようとします。

利根川・江戸川の河川整備計画は、最終的には国土交通省が権限を持っているのですから、自分たちの考えに対して、たたいてください、間違いを見つけてください、というのが有識者から意見を聞く場に臨む態度であるはずなのです。

それなのに、まるでただお墨付きを得る場としか考えておらず、お墨付きが得られなくてもただ聞き捨てればいい。おそらく、今日の公聴会も、パブリックコメントも同じように考えているのではないでしょうか。

このような議論で、吾妻渓谷はつぶされてしまうのでしょうか、流域住民の命と財産ははたして守られるのでしょうか。八ッ場ダム建設については、関連する各都県でこの問題を考える議員連盟が立ち上がったり、住民訴訟が起きているのもご存知のことだと思いますが、それらで争われている内容を考慮せずに、埼玉や東京の人の水のため、なんて嘘ごと綺麗ごとを並べて、私たち住民に責任転嫁されてはたまりません。ほかのダムやスーパー堤防についても同じようなことが起きていると聞いています。

中身にもふれたいと思います。3、4ページ目は自然環境、ここから始まることは重要だと思います。もっとたくさんページを割いてほしいと思っています。生息している動物には、数が少なくなっている生き物、絶滅危惧種と指定されている生き物もいるようですね。

川や河原の生き物は、生きる環境が非常に限定されるため、河川改修などによって姿を消しつつあるのではないかと思います。29ページ、30ページにも動植物が減少している区間がある。烏川、神流川では礫河原固有の動植物が多く生息しているけれども、近年、みお筋のの固定化や洪水による撹乱が少なくなったため、固有の動植物は減少してきている、とあります。

人間のために都合のいいようにしてしまうと、ほかの生き物には大きなダメージであることがあるのだと思います。先日、「流れ」という映画を見ました。神奈川県の中津川で環境保全の活動をしている二人の男性を追った映画ですが、河川整備によって生き物が少なくなったこと、ダムの人工的な放流によって、川の生き物が対応できずに流されてしまうことが描かれていました。川の生き物の気持ちになれる映画と思いますので、国交省の皆さんもぜひご覧ください。

利根川でも、これからの河川整備によって固有の生き物が更に少なくならないように、生き物が生きることができる環境を保全してほしいとおもいます。

それから、八ッ場ダム、南摩ダムの予定地の自然が書かれていないのはどうしてでしょう。ほかのダム周辺の生き物は書いてあります。八ッ場では、現に水没させられようとしている地に、カモシカ、イノシシ、クマなど出会いました。彼らは、ダム建設によって住処を奪われるのですから、この計画書にかいておくべきではないでしょうか。

そういえば、ほかのところも、川以外の生き物は書いてませんね。山に雨が降るところから川が始まるのですから、周辺の生き物も大事にしてほしいと思います。

4ページ目、東京の人口は、ものすごく増えていますね。これからも高いビルを建てて、もっと増えるのでしょうか。いくらでも人口増加に合わせて水を獲得するのではなく、限界値を決める方がよくはないでしょうか。

16ページの取水制限でも思ったのですが、普段からある程度の取水制限はしておいたらどうでしょうか。「いつでも使いすぎない」ことによって、渇水の対策となるのではないでしょうか。おかげさまで普段、水に困ることはありません。

渇水対策には、八ッ場ダムなど新たな水源を確保するのではなくて、普段からの節水や水の譲り合いによって、解決できませんか。戸倉ダムをやめた理由は、埼玉や東京で水需要が低迷していること、と聞いています。東京では、昨年の夏の渇水でも小河内ダムの水はたっぷりあったそうですね。そのような時は、東京は利根川から取る量を減らして埼玉や千葉に譲ったらどうでしょう。

それから、6ページ。治水の沿革で、利根川東遷についてですが、ここには、足尾銅山鉱毒事件により、江戸川に毒水を流さないために水の流れを大きく変えたということが載っていません。利根川の歴史で重要な点であると思いますので、ぜひ載せてほしいです。過去の苦い歴史を繰り返さないために、公害はいつも思い起こすことが大事です。

9ページ、10ページ、11ページには過去の水害が載っています。これをみれば、とくに吾妻渓谷に興味のない人でも、やはり八ッ場ダムは必要なのか疑問だと思うのではないでしょうか。吾妻川上流で大雨が降ることはあまりないのではないか。それが、80年に1度とか、200年に1度とか、そういう珍しい大雨になる確率がどのくらいなのか。

八ッ場ダムがあってよかった!というほどの治水効果を発揮することははたしてあるのか。仮にあるとして、その小さい確率に何千億円もつぎ込むことが、妥当なのかどうか。そして、逆に、その小さい確率のときに、八ッ場ダムで予定されたカット分より大きな雨が来てしまったらどうか。そう考えるともう少しオールマイティに使える改修にお金を使った方がいいのではないか、と思います。

また品木ダムですが32ページに水源地ビジョンというダムを活かした持続可能な取り組み、とありますが、ヒ素まじりの汚泥が沈殿し、その処分場の運営も不確か廃棄物処理法違反の疑いがあり、公害問題にも発展しかねない状況と聞いています。ためた汚泥も処理しきれない。八ッ場ダムを造るために造ったのに、すでにいっぱいになっていると聞いています。そちらの問題から片付けるべきと思います。

この河川整備計画は、八ッ場ダムを造るために策定するのではなく、国民にとってよりよい河川管理、事業運営をするためにつくられるべきだとおもいます。この河川整備計画の議論を思い出したかのように再開したのは、八ッ場ダムを造る条件に入れられたからなのかもしれませんが、ここで立ち止まって、一般国民や有識者からの批判、疑問に答えて河川整備計画を作り上げてほしいと思います。

人間以外の生き物にも心を配り、利根川の上流や各支川にも心を配った河川管理をしていただきたいと思います。

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