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2012年10月 5日 (金)

利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(4)(日本学術会議の検討報告への疑問) 

利根川流域市民委員会は2012年10月4日に開催された利根川・江戸川有識者会議に対し、2つの追加要請を行いました。4つ目となる要請は、日本学術会議の検討報告への疑問に関する要請です。委員には事前送付を行い、会議当日も配布が行われました。

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2012年10月4日
利根川・江戸川有識者会議
  委員 各位

 利根川流域市民委員会
   共同代表 佐野郷美(利根川江戸川流域ネットワーク)
          嶋津暉之(水源開発問題全国連絡会)
          浜田篤信(霞ヶ浦導水事業を考える県民会議)
 連絡先 事務局(深澤洋子)略
                 

利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(4)
(日本学術会議の検討報告への疑問) 

9月25日の有識者会議で小池俊雄委員から、パブコメの意見として多く出されている日本学術会議「河川流出モデル・基本高水評価検討等分科会」の検討報告への疑問については、分科会ですでに検討し、丁寧に説明しているという趣旨のお話しがありました。

そこで、分科会の配布資料を読み直してみましたが、残念ながら、疑問をほとんど解消することができませんでした。つきましては、主な疑問点を記しますので、疑問が解消できるように丁寧にご説明くださるよう、お願いいたします。

1 総合確率法への疑問
(1) 日本学術会議第5回分科会での根本的な問題点の指摘

まず、日本学術会議第5回分科会で次の通り、総合確率法の根本的な問題点が指摘されました。

「総合確率法は学術的な研究成果に基づくものなのか。ある生起確率に基づく降水量とそのときの時空間分布については学術的な検討が十分なされていない。総合確率法の中で平均を取るということは降雨の時空間分布が等確率であることを前提とする。そうしてよい理屈があるか。科学的に明らかになっていない仮定を前提とする手法に対して、学術会議が合理的であると回答してよいのか。」(第5回分科会の議事録5ページ 下から1~6行目)

(2) 分科会の検討結果 
その後、分科会が総合確率法について検討した結果は次の通りです。

① 第10回分科会(平成23年 6月13日)

「一方総合確率法はすべての降雨パターンを考えてピーク流量を算定するため、従来法より合理的であると考える。総合確率法は降雨の時空間パターンがそれぞれ独立であるという仮定を前提としているが、妥当性はある。」(議事録4ページ 下から13~11行目)

② 公開説明会配布資料(平成23年 9月28日)

論点9:総合確率法について

「総合確率法を妥当とする理由はなにか:
利根川流域では流出特性が流域内で大きく異なり、降雨の空間分布の影響が大きいと予想され、解析結果でも予想が裏付けられた。他の流域でも、降雨の時空間分布の影響が大きい場合は、総合確率法による解析が推奨される。」

「他の算定方法がより妥当と考えられる場合とは:
総雨量と降雨の時空間分布が独立であるという仮定に疑いがある場合、洪水ピーク流量を求めた後、その確率分布から求めるのがよい。計算量は中くらい。降雨の時空間分布による違いが小さい場合は、総雨量の超過確率から総雨量を決めて洪水ピーク流量を決める。計算量は最も小さい。」

(3) 解消されない疑問
 上記(2)の検討結果は(1)で指摘された問題点について何も答えていません。「降雨の時空間分布が等確率であることを前提とする・・・科学的に明らかになっていない仮定を前提とする手法に対して、学術会議が合理的であると回答してよいのか。」との指摘に対して、(2)①では、「妥当性はある。」と答えているだけです。「降雨の時空間パターンがそれぞれ独立であるという仮定」の科学的な根拠が求められているのに、その根拠を何も示さずに「妥当性はある」という一言で片づけるのは科学者がとる態度ではありません。
 上記(2)②の「総合確率法を妥当とする理由はなにか:」への答は、「総合確率法による解析が推奨される。」とするだけで、妥当とする理由を何も述べていません。
そして、「他の算定方法がより妥当と考えられる場合とは:」への答では、「総雨量と降雨の時空間分布が独立であるという仮定に疑いがある場合」、すなわち、総合確率法が妥当でない場合に言及しており、読んでいてわけがわからなくなります。そもそも、「仮定に疑いがある場合」は何に基づいて判断することができるのでしょうか。それが判断できるくらいならば、総合確率法の適用範囲が明示されるはずですが、そのようなものは何もありません。この答は失礼ながら、意味不明で、科学性が欠如しています。

以上のとおり、総合確率法への根本的な疑問に対して、学術会議分科会はまともには何も答えていません。

2 森林生長の保水力向上による洪水ピーク量の低減
(1) 流出モデルの開発の遅れ

学術会議分科会は森林生長の保水力向上による洪水ピーク量の低減を否定しました。その理由は、小池委員が9月25日の会議で発言されたように、また、下記の分科会の公開説明会配布資料に記されているように、「土壌の発達と流出の関係を示すモデルは未だ開発されていない」ことにあります。
しかし、それは洪水流出モデルの開発が遅れていること、すなわち、研究者側の問題によることであって、そのことをもって、森林生長の保水力向上による洪水ピーク量の低減をどうして否定することができるのでしょうか。明らかに論理が飛躍しています。

分科会の公開説明会配布資料(平成23年 9月28日)
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(2) 東大の分布型モデルの計算結果でも保水力の向上は明瞭
 学術会議分科会では、貯留関数法より新しい手法の洪水流出モデルによる計算も行われました。それは分布型流出モデルで、東大型と京大型があります。分科会ではこの分布型モデルでも、貯留関数法と同様の結果が得られたとして、基本高水流量を妥当する根拠の一つとしましたが、それらの計算結果を見ると、東大型、京大型のいずれも実績洪水の再現性は良好ではありません。東大モデルの計算結果を次に示します。実績と合っているのは、昭和33年洪水だけであって、34年洪水、57年洪水、平成10年洪水は計算流量と実績流量が少なからず離れており、過去の洪水を正しく再現できるモデルではありません。

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(日本学術会議「河川流出モデル・基本高水の検証に関する学術的な評価」(回答)、2011年9月、16頁)

そして、図から数字を読み取って、実績ピーク/計算ピークを求めると、昭和34年115%、57年96%、平成10年86%で、近年になると、実績ピーク/計算ピークが低下する傾向が明らかに見られます。このモデルは上述の公開説明会配布資料に書かれているように、経年的な植生の変化は入っていますが、土壌の変化は組み入れられていません。植生変化の洪水ピークへの影響はもともと小さなものですから、計算ピークは各年ともほぼ同じ流出条件で計算されたものであると考えられます。
とすれば、実績ピーク/計算ピークの経年的な低下傾向は、森林生長による土壌層の発達で保水力が向上してきたことを示していることになります。 
 
 以上のように、学術会議分科会は森林生長の保水力向上による洪水ピーク量の低減を否定したけれども、東大の分布型モデルの計算結果が、保水力向上による洪水ピークの低減を明確に示しているのです。

3 洪水流出の引き伸ばし計算の問題
 (1) 分科会の資料でも引き伸ばしによる過大計算が明瞭

洪水流出計算モデルは実際にあった規模の洪水のデータからつくられますが、それをもっと大きな規模の洪水に適用できるのかという疑問は分科会の議論の中でも指摘され、次に示す計算例が示されました。

分科会の公開説明会配布資料(平成23年 9月28日)
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上表のままではわかりずらいので、整理すると、下記の表が得られます。下表で明らかなように、実績中規模の洪水から求めたモデルの計算結果は、実績最大規模の洪水から求めたモデルの計算結果を上回っています。二洪水の過大率は10~11%にもなっています。
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上表の実績大規模洪水は近年最大の平成10年洪水で、実績中規模洪水より1.1~1.2倍程度の規模です。したがって、カスリーン台風洪水は近年最大の平成10年洪水よりもさらに1.5倍以上の規模とされていますから、平成10年洪水に当てはまるような洪水流出モデルからカスリーン台風洪水を計算すれば、誤差は11%を超えて、さらに大きく乖離していくことを意味します。

 このように、分科会の資料でも引き伸ばしによる過大計算が明瞭に示されているのです。

(2)引き伸ばしによる過大計算の問題を「世界的にも未解決の問題」として棚上げ
 引き伸ばしによる過大計算の問題はカスリーン台風洪水の計算結果の信頼性に関わる根本問題です。ところが、学術会議分科会は次のように、「世界的にも未解決の問題」として棚上げにしてしまいました。
「分布型流出モデルの計算結果も合わせて考えることが重要」とも述べていますが、その分布型流出モデルである東大型、京大型は、2(2)で述べたように実績洪水の再現性が良好ではなく、この問題を解決するようなものではありません。

分科会の公開説明会配布資料(平成23年 9月28日)
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4 カスリーン台風洪水の実績流量と計算流量の乖離 

カスリーン台風洪水の実績流量は公称で17000㎥/秒、正しくは約15000㎥/秒(【補遺】参照)です。一方、新モデルによるカスリーン台風洪水の計算流量は21100㎥/秒で、実績流量を4000~6000㎥/秒も上回っています。国交省は、この差は八斗島地点より上流で氾濫したとしていますが、こんなに大量の洪水が氾濫するところはなく、実績流量と計算流量の乖離は解明されないままになっています。

学術会議分科会の公開説明会でも、小池委員長は下記の通り、メカニズムの理解から21100㎥/秒を妥当としただけであって、事実面からの裏付けはないことを認めています。

そして、小池委員長はここでも、分布型の東大モデル、京大モデルで同様な値が得られたことを21100㎥/秒の根拠の一つとして述べていますが、2(2)で指摘したように東大モデル、京大モデルとも過去の洪水の再現性が良好ではなく、精度が高いモデルだと評価できるものではありません。

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○小池委員長
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【補遺】 カスリーン台風実績流量に関する関東地方整備局の事実歪曲の回答
 9月25日の配布資料3-3で、カスリーン台風実績流量に関するパブコメの意見に対して関東地方整備局は次ページの通り、回答しています。
この回答は、昭和25年の群馬県「カスリン颱風の研究」における安芸皎一東京大学教授の論文を引用したものです。ここだけ読むと、安芸教授が16900㎥/秒が正しいと主張しているように受け取れますが、この文章には続きがあります。次のように安芸教授は16900㎥/秒より10~20%少ない数字が妥当だと結論付けています。
「(三河川の合流点において)約1時間位16900m3/sの最大洪水量が続いた計算になる。しかし之は合流点で各支川の流量曲線は変形されないで算術的に重ね合わさったものとして計算したのであるが、之は起こり得る最大であり、実際は合流点で調整されて10%~20%は之より少くなるものと思われる。川俣の実測値から推定し、洪水流の流下による変形から生ずる最大洪水量の減少から考えると此の程度のものと思われる。」(288頁)
安芸教授は合流点での調整を考えれば、16900㎥/秒ではなく、16900㎥/秒より10~20%小さい値、すなわち、13500~15200㎥/秒が妥当だと判断しているのです。それにもかかわらず、関東地方整備局はその結論部分をカットして、16900㎥/秒が正しいと誤解させる恣意的な引用をしました。このように一種の詐術ともいうべき、事実を歪曲した回答を行う関東地方整備局に対して私たちは強く抗議します。

9月25日の有識者会議の資料3-3
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5 貯留関数法の基礎式の問題
 貯留関数法の基礎式は左辺と右辺の次元が異なり、物理的な意味を持たない式であるという指摘がされています、9月25日の会議で小池委員はこのことに関して、新モデルはその問題を克服して、次元は合っていると説明しました。
 しかし、当日の配布資料に書かれている貯留関数法の基礎式は次の通り、従来の貯留関数法の基礎式と変わるところはなく、左辺と右辺の次元は異なったままです。
 左辺のSの単位はmm、右辺のqの単位は(mm/hr)のp乗ですから、次元が合うはずがありません。

 9月25日の有識者会議の資料3-3
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以上述べた5点は疑問が何も解消されていませんので、丁寧にご説明くださるよう、お願いいたします。
以上

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