« 利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(1)(計画策定の基本的な事項について) | トップページ | 利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(3)(利根川水系全体の河川整備計画の策定と有識者会議運営の改善) »

2012年10月 1日 (月)

利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(2)(治水安全度と目標流量について)

利根川流域市民委員会は2012年9月25日に開催された利根川・江戸川有識者会議に対し、2つの要請を行いました。二つ目は、利根川水系河川整備計画の策定における治水安全度と目標流量についての要請です。委員には事前送付を行い、会議当日も配布が行われました。

--◇--◇--◇--◇--◇--◇

2012年9月25日
利根川・江戸川有識者会議
   委員 各位

利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(2)
   (治水安全度と目標流量について)

利根川流域市民委員会
共同代表 佐野郷美(利根川江戸川流域ネットワーク)
       嶋津暉之(水源開発問題全国連絡会)
       浜田篤信(霞ヶ浦導水事業を考える県民会議) 
    連絡先 事務局(深澤洋子)TEL&FAX(略)

関東地方整備局は5月25日から6月23日にかけて、「利根川・江戸川において今後20~30年間で目指す安全の水準に対する意見募集」を行いました。利根川水系河川整備計画の策定のために関東地方整備局がつくった新案「治水安全度1/70~1/80、洪水目標流量17,000㎥/秒(八斗島地点)についてのパブリックコメントです。

しかし、この数字は、2006年11月に利根川水系河川整備計画の策定作業が開始された時に関東地方整備局が示し、パブコメや公聴会で意見を求めたメニューの数字「治水安全度1/50、洪水目標流量約15,000㎥/秒」とは大きく違っており、何ら合理的な理由を示すことなく、勝手に整備計画の前提条件を変えることは到底許されることではありません。

なぜそのように不可解なことをするのか、そこに、八ッ場ダムなどの大規模河川事業を推進しようとする関東地方整備局の意図があると言わざるを得ません。

したがって、関東地方整備局が示した治水安全度と目標流量の案は、単に数字の多寡ではなく、このような背景も踏まえて吟味しなければなりません。

以下、今回の治水安全度のパブコメに対する当市民委員会の意見を記しますので、利根川・江戸川有識者会議の各委員におかれましては、下記の意見を参考にして、科学的な審議をされることを要請いたします。

(1) 治水安全度についてのパブコメの狙い

① 今回のパブコメは治水安全度1/70~1/80について意見を求めたものです。治水安全度だけを切り離して聞けば、一般には治水安全度は高い方がベターだと思うでしょうから、今回のパブコメは一般の人々の心理を利用して1/70~1/80への賛意を得てしまおうというものです。治水安全度1/70~1/80を得るためにはどのような河川施設が必要で、どの程度の費用がかかり、さらに環境への影響がどうなのかを同時に示さなければ、適正な判断ができないにもかかわらず、それらを一切示さずに治水安全度のみのパブコメを行うのはアンフェアなやり方であると言わざるを得ません。

② 関東地方整備局の狙いは、治水安全度1/70~1/80に賛意があることをもって、それと一体的に書かれている治水目標流量(八斗島地点)17,000 ㎥/秒も賛意が得られたとし、そのことによって、17,000 ㎥/秒を前提として位置づけられている八ッ場ダム事業などを河川整備計画に盛り込めるようにすることにあると推測されます。パブコメの治水安全度の話がいつのまにか、八ッ場ダムなどの大規模河川事業につながるようになっているのです。

(2) 治水安全度1/70~1/80=治水目標流量17,000 ㎥/秒の非科学性

① 関東地方整備局は、治水安全度1/70~1/80は治水目標流量17,000 ㎥/秒に相当するとしていますが、そのことに科学的な根拠はなく、正しくはもっと小さい流量です。17,000 ㎥/秒は国交省が基本高水流量の算出に使用した同じ洪水流出計算モデル(貯留関数法)で求めたものですが、このモデル自体が問題です。日本学術会議のお墨付きを得たとしていますが、学術会議はこのモデルが持つ基本的な問題を説明することができませんでした。すなわち、昭和22年洪水をこのモデルで再現計算すると、21,100㎥/秒になるが、実績流量の推定値は最大で見て17,000㎥/秒(実際は15,000㎥/秒程度)であり、なぜ4,000㎥/秒以上という大きな差が生じるのか、学術会議は合理的な説明ができませんでした。

② 国交省が、治水安全度1/70~1/80は治水目標流量17,000 ㎥/秒に相当する根拠は、雨量確率を流量確率に置き換える総合確率法という方法ですが、これは科学性が疑われている計算手法です。学術会議での議論でも、「総合確率法は学術的な研究成果に基づくものなのか。ある生起確率に基づく降水量とそのときの時空間分布については学術的な検討が十分なされていない。総合確率法の中で平均を取るということは降雨の時空間分布が等確率であることを前提とする。そうしてよい理屈があるか。科学的に明らかになっていない仮定を前提とする手法に対して、学術会議が合理的であると回答してよいのか。」(第5回分科会の議事録)と、根本的な疑問が投げかけられました。そして、総合確率法で用いた洪水流出計算モデルは昭和22年洪水の再現計算と同じモデルですから、①で指摘した問題が総合確率法の結果にも当てはまります。実績よりかなり過大な値が算出されているのです。

③ しかし、日本学術会議は上述の基本的な矛盾、根本的な疑問に答えることなく、国交省の計算を追認しました。高度な専門家集団であるはずの日本学術会議は、その本来の役割を放棄したと言わざるを得ません。

④ 国交省は過大な流量を算出する流出計算モデルと、科学性が疑問視される総合確率法で1/70~1/80は治水目標流量17,000 ㎥/sに相当するとしていますが、科学的な計算法があります。それは、実績流量のデータそのものから確率計算を行うもので、これを流量確率法といいます。利根川の八斗島地点の実績流量(国交省が観測流量にダム調節量を加算した流量)を使って、流量確率法で1/80の流量を求めると、統計手法によって計算結果が異なりますが、平均をとると、約13,000㎥/秒になり、17,000㎥/秒は明らかに過大です。

(3) 目標流量をどう考えるべきか

① 治水計画は基本的に過去の洪水の再来に備えるように策定されるべきで、一級水系の直轄区間の河川整備計画は近年最大の実績流量を目標流量としていることが少なくありません。たとえば、多摩川の場合は昭和49年の実績流量4,500㎥/秒(石原地点)を目標流量としています。利根川の場合は、昭和20年代前半(戦争直後で森林が荒廃していた時期)を除いて、最近60年間の実績を見ると、その最大洪水流量は1998年の約10,000㎥/秒(八斗島地点)です。利根川の目標流量はそれに余裕を見た13,000~14,000㎥/秒とすれば十分です。過大な目標流量を設定して、八ッ場ダム等の不要な大規模河川施設を推進して巨額の河川予算を浪費することはもうやめるべきです。

(4)想定を超える洪水への対応を!

① 昨年の東日本大震災を踏まえれば、設定した目標流量を超える未曽有の洪水が来る可能性は皆無ではありません。その時に壊滅的な被害を受けないようにするための対策を河川整備計画に位置づけることが必要です。そもそも、今回のパブコメのように、治水安全度を先に決める河川整備計画の策定方法は、その治水安全度に見合う洪水までは安全を保証するが、それを超えた洪水が来れば、アウトになるという考え方ですから、そのようなやり方自体をやめるべきです。想定を超える洪水が来ても、壊滅的な被害を受けないようにする対策を推進する河川整備計画を策定しなければなりません。

② 未曽有の洪水が来た時への基本的な対策は堤防を耐越水堤防に強化することです。未曽有の洪水が来ればダムは満杯になって洪水調節機能を失うし、堤防は計画高水位の洪水までに対してしか強度が保証されていないから、破堤するかもしれません。一挙に破堤すれば、流域住民の多くの生命が失われてしまうことになります。そのようにならないようにするために、越水しても簡単には破堤することがない堤防への強化を図り、同時に避難を速やかに行える避難体制を確立することが必要です。

③ 越水しても簡単には破堤することがない耐越水堤防の技術として、比較的安価なハイブリッド堤防が開発されてきていますので、その技術を用いれば、利根川の堤防の主要部分を耐越水堤防に改良することは可能です。

(5) まとめ

① 以上述べたとおり、利根川水系河川整備計画の策定において治水安全度を設定して、それに相当する目標流量を机上の計算で算出する方法をやめるべきです。この方法をとると、必ず過大な目標流量が設定され、八ッ場ダムなどの不要な大規模河川施設の建設を位置づけるものになってしまいます。治水安全度という考え方を改め、目標流量は多摩川のように近年最大の実績流量またはそれに多少の余裕を見た流量とすべきです。利根川の場合は13,000~14,000㎥/秒も見れば十分です。そして、万が一、その目標流量を超える未曽有の洪水が来た時に壊滅的な被害を受けないように、耐越水堤防への強化をすみやかに進める河川整備計画を策定すべきです。

② 利根川水系河川整備計画は八ッ場ダム等の大規模河川施設の推進を自己目的化したものではなく、本当に流域住民の生命を守ることができるものが策定されなければなりません。関東地方整備局は利根川流域の住民の安全を守るために何が本当に必要なのかを流域住民と十分に議論する場を設けるべきです。


追記 利根川流域市民委員会の賛同団体34団体の名簿は「利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(1)(計画策定の基本的な事項について)」の末尾をご覧ください。

« 利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(1)(計画策定の基本的な事項について) | トップページ | 利根川水系河川整備計画の策定に関する要請(3)(利根川水系全体の河川整備計画の策定と有識者会議運営の改善) »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。